2008年度学会賞

学術賞

「炭素材料への酸素還元活性の付与とその燃料電池カソード触媒への展望」
尾崎純一(群馬大学大学院工学研究科 教授)

 燃料電池の電極触媒としては従来から白金が高効率触媒として用いられてきたが、高価なため燃料電池の普及に大きな障害となっており、白金に替わる新しい電極触媒の探索が続けられてきた。このような状況の中で、尾崎純一氏は酸素還元反応を促進する電極触媒として、白金を用いない炭素材料触媒の研究・開発に取り組み、以下のように大きな成果を挙げている。
 尾崎氏は炭素材料が燃料電池の正極触媒として効率良く機能するためには(1)ナノシェル構造の導入と(2)窒素およびホウ素の炭素材料への導入、が重要であることを見出し、白金触媒を用いない炭素材料触媒に関する研究及び開発を進めてきた。ナノシェル構造を有する炭素材料とは金属共存化で高分子を炭素化して得られる、炭素層(グラフェン)に囲まれた中空状構造を有する炭素のことであり、ナノシェルの電極触媒としての活性度はその表面に形成されるエッジまたは湾曲した炭素層(グラフェン)によって支配されることを明らかにした。また、炭素材料への窒素およびホウ素の導入によって酸素還元反応が大きく促進され、触媒効果が大きくなることを見出し、さらに炭素層(グラフェン)のエッジに存在する窒素およびB-N-C配列を有する構造が触媒活性に関与することを明らかにした。これらの基礎的知見に基づいて尾崎氏が開発した炭素材料触媒を使用した試作燃料電池はこれまで提案されてきた非白金系触媒を用いる燃料電池の中で最大級の出力を示しており、新しい電極触媒として大きな展望を切り開くものであることが明らかとなっている。尾崎氏の研究成果は学界・産業界から注目を浴びており、現在、実用化を目指したNEDO国家プロジェクトが進行中である。炭素材料は従来、白金触媒の担体、導電材として用いられてきた材料であり、高触媒活性を持つ材料として使用されていた訳ではない。尾崎氏は従来の考え方を変え、炭素材料そのものに注目した新しい発想により、酸素還元反応の触媒活性を有する炭素材料電極の材料設計に成功して大きな成果を挙げており、今後の発展が期待されている。
 以上、尾崎氏の研究成果は炭素材料分野の発展に大きく寄与するものであり、炭素材料学会の学術賞に値すると判断される。

「多孔性炭素の構造物性制御とキャパシタ特性に関する研究」
羽鳥浩章(産業技術総合研究所 研究グループ長)

 近年、水素貯蔵やキャパシタなどのエネルギー分野での炭素材料についての社会的要請が急速に高まりつつある。このような状況の中で、羽鳥氏は、キャパシタ、水素貯蔵などの研究について精力的に研究を推進するとともに、炭素化・黒鉛化や炭素材料の構造制御、表面解析などの幅色医研究を展開し、重要な研究成果を得てきた。
 まず第一に、同氏はキャパシタ用電極材料の開発においてナノレベルでの細孔構造制御を行うとともに、炭素材料に種々の化学修飾を加えることによって、キャパシタ特性に優れたさまざまな新規電極材料の提案をおこなった。ここで特筆すべきは、窒素ドープカーボンについて、4級置換窒素がグラフェンの親水性に変化をもたらすことを世界で初めて明らかにしたことである。この成果は関東研究の発展に大きな寄与をしている。
 第2には、単層カーボンナノチューブを用いて高性能キャパシタ電極材料を開発したことが挙げられる。ここでは、ナノレベルで配列制御した単層カーボンナノチューブを用いて、エネルギー密度、パワー密度に優れたキャパシタを生み出すことができることを明らかにしている。この名kで、特に重要な成果は単層ナノチューブへの電力貯蔵メカニズムが活性炭電極とは大きく異なり、電気化学的ドーピングによって起こることを明らかにしたことである。この結果は、単層カーボンナノチューブの電子物性と電気化学特性との層間を明らかにしたものとして、カーボンナノチューブ研究の中で大きく評価されている。
 以上、羽鳥氏はエネルギー貯蔵材料の開発という実用的な面での炭素材料研究への貢献とともに、炭素材料の学術的研究展開においても重要な貢献をしたものとして評価される。その研究成果は、今後の炭素材料研究の発展にも大きく寄与することが期待され、炭素材料学会の学術賞に値すると判断される。

研究奨励賞

「水素貯蔵用炭素材料および水素と炭素表面との相互作用に関する研究」
高木英行(産業技術総合研究所 研究員)

 高木英行氏は、炭素材料の水素貯蔵特性および水素と炭素表面との相互作用に関する研究を精力的に行い、その成果を関連の国内外の学会で発表するとともに、「炭素」誌、「CARBON」誌などに多数公表している。
 炭素材料は、高性能な水素貯蔵材料として期待されてきたが、実用化の可能性については、いまだ不透明な状況にある。これに対し、同氏は精度が高く再現性のある水素貯蔵量評価技術を確立し、カーボンナノチューブや活性炭などの炭素材料の構造と水素貯蔵量との関係を明確に示した。具体的な評価技術としては高圧用の水素吸着測定装置を開発し、活性炭素繊維(ACF)、SWNT、ゼオライトなど、また、これら表面に白金およびパラジウムを担持した試料を調整して評価し、これらの試料の水素吸着特性に関して有益な知見を得ている。
 また、吸着法および昇温脱離法などを駆使し、スピルオーバー現象により水素貯蔵量が著しく向上することを明らかにするとともに、スピルオーバー水素の炭素表面における吸着(結合)状態を解明し、共有結合よりも小さく物理吸着よりも大きなエネルギーで炭素表面に可逆的に吸脱着する水素の存在を示した。この炭素表面におけるスピルオーバー現象の解明と水素貯蔵への展開は、学術的にもきわめて先駆的な研究であり、国際的にも高い評価を得ている。この研究業績の評価の表れとして、同氏が研究成果を公表した論文は多くの引用がなされ、また、現在、米国などのグループが、スピルオーバー現象を利用した水素貯蔵に関して研究を進めている。
 上記の成果は、炭素材料を利用した新たな触媒開発への展開も可能で、今後の炭素材料科学へのさらなる貢献が期待できる。
 これらの高木氏の独創的で精力的な研究業績は、炭素材料学会研究奨励賞に値すると判断された。

炭素材料学会論文賞

大澤善美、水野広大、中島剛(愛知工業大学工学部応用化学科)
「CVI法による黒鉛粒子の低温合成とリチウムイオン電池負極特性」

(No.236号に掲載)

受賞理由
 本論文は、パルス化学気相含浸(CVI)法を用いて気相原料から1100℃以下の低温域にて.三次元網目 構造をした多孔質ニッケル上に炭素析出を行い、その析出物の結晶構造ならびにリチウムイオン電池負極特性と析出 温度との相関を論じたものである。著者らは、パルスCVI法の特徴を駆使して、多孔質ニッケルを炭素析出触媒ならび に析出基板としてうまく利用することで、850℃の比較的低温度で結晶性の高い熱分解炭素を得ることに成功した。さ らに、この熱分解炭素は、天然黒鉛に近い負極容量を示すだけでなく、レート特性が天然黒鉛よりも優れていることが 報告された。以上のことから、本論文は、炭素材料の製造方法としてのパルスCVI法の可能性を示した優れたものとし て認められ、論文賞に値するものと判断した。

福山勝也a)、畠山義清b)、星野達朗b)、大谷朝男c)、西川恵子d
a) 明治学院大学教養教育センター b)千葉大学大学院自然科学研究科 c)群馬大学大学院工学研究科 d)千葉大学大学院融合科学研究科
「小角X線散乱によるポリマーブレンド繊維の炭素化過程における細孔形成と構造評価」

(No.236号に掲載)

受賞理由
 本論文はポリマーブレンド法で調製した均一な細孔を有する多孔質炭素繊維の細孔構造を小角X線散乱により詳細に解析したものである。著者らは複数の異なる理論的解析法を用い、理論解析の限界、解析法の違いによる相違と合致を明確にしつつ、細孔形成樹脂の形状変化から熱処理・炭素化処理に伴う細孔の形成、さらに細孔の構造変化へ至るまでの一連の変化について考察している。本手法を多様な細孔を有する活性炭にそのまま適用することは困難であろうが、比較的解析の容易な試料を用いて小角X線の理論と実際を明確に示し、炭素化過程を詳細に追跡した点において優れたものとして認められ、特に学術的貢献度が高い。以上のことから、本論文を論文賞に値するものと判断した。

炭素材料学会年会ポスター賞

炭素材料学会では、2004年(第31回)年会より年会ポスター賞を設けています。

岩佐健士郎
兵庫県立大学工学部応用物質化学科杉江研究室
「シリル化酸化黒鉛を用いた透明炭素薄膜電極の作製」

大谷尚史
東北大学大学院工学研究科応用化学専攻京谷研究室
「1000℃以上で熱処理した種々の炭素材料の水素含有量」