2015年度学会賞

 2015 年度の炭素材料学会学術賞、研究奨励賞、論文賞の各賞は、規定に基づき各選考委員会の厳正な審査により選出され、会長による評議員会への報告、評議員会の承認を経て、次のように決定されました。受賞者各位に対し、去る12月3 日関西大学千里山キャンパス100 周年記念会館において開催の第42 回通常総会の席上にて表彰が行われました。会員の皆様にお知らせいたします。

学術賞

「化学工学的アプロ一チによる機能性炭素材料の開発、製造と応用」
向井 紳氏 北海道大学大学院工学研究院 教授

 向井 紳氏は、化学工学的な手法を用いた独創的なアプローチにより、カーボンナノファイバーやカーボンゲルなどの機能性炭素材料の開発、製造と応用に関して多くの重要な成果を収めている。
 同氏は、浮遊法による気相成長炭素繊維の製造において、成長の核となるナノ粒子触媒の発生方法を工夫することで、繊維の成長速度を大幅に改善し従来の値から数百倍に増大させることに成功した。さらに、この方法をカーボンナノファイバーにも適用し、製造時の炭素収率が約9割に達することを見いだした。特に注目すべき点は、本手法で得られるカーボンナノファイバーは繊維長が非常に長いだけでなく高品質であり、2000°C程度の熱処理によってほぼ完全な多層カーボンナノチューブに変換されることである。
 また同氏は、カーボンゲルについて製造プロセスの簡便化ならびに原料コストの低減を行うと同時に、高度利用を目指して微粒子などの特異なモルフォロジーを付与した高付加価値な材料を開発した。特に独自に開発した手法を用いて得られるマイクロハニカム状カーボンゲルは材料内の拡散距離が短いにもかかわらず流体に対する抵抗が低く、種々の連続プロセスへの適用が期待されるものである。具体的には、スルホ基を導入したマイクロハニカム状カーボンゲルは酸触媒として流通系のシステムで高い性能を示すことが明らかにさ れている。
 さらに同氏は、カーボンゲルの製法を参考にして、凍結を利用した酸化グラフェンの新規製造プロセスの開発にも成功している。この手法はスケールアップが容易であり、他手法に比べて大きなサイズの酸化グラフェンが調製されるため、グラフェン関連研究に大きなインパクトを与えるものである。
 以上のように、向井 紳氏は常に工業化を意識しながら化学工学的アプローチにより機能性炭素材料の開発 研究に取り組み大きな業績を上げており、同氏の業績は炭素材料学会学術賞に値するものと判断できる。

学術賞

「ナノカーボン材料の組織制御と高性能蓄電電極材料への展開」
曽根田 靖氏 国立研究開発法人産業技術総合研究所 主任研究員

 曽根田 靖氏は、ナノカーボン材料を電気化学キャパシタ電極などの蓄電材料として用い、その電気化学特性と炭素網面の微細組織との関連について系統的な研究を行い、ナノカーボン材料の組織制御と蓄電材料としての特性発現に関して重要な成果を収めている。
 同氏は、カーボンナノファイバー、カーボンナノチューブ、膨張化炭素繊維などの繊維状炭素をキャパシタ用電極として評価し、炭素網面の配向様式によって決定される微細組織の多様性によって、酸化反応の進行や電解質イオンとの相互作用が異なり、それに由来して多様な疑似容量機構が存在することを示した。特に膨張化炭素繊維においては、膨張化処理によって全体の積層構造は失われるが、発達した炭素網面を保持するため、電解液中での分極によってステージ構造を形成しないにもかかわらず、インターカレ一ション反応と同様 の電荷移動相互作用による巨大な疑似容量が得られることを見いだした。
 また同氏は、上記繊維状炭素の研究で見出した配向組織とメソ孔がキャパシタ特性に与える影響を参考として、酸化マグネシウム(MgO)鋳型法によるメソポーラスカーボンの合成にも取り組んだ。この手法を用いたメソポーラスカーボンの合成は、従来の多孔質炭素の製造と異なり賦活工程を必要とせず、温和な条件で鋳型除去が可能であるなどの特長を持つことに着目し、原料の選択によってキャパシタ電極として優れた特性を持つメソポーラスカーボンが合成できることを見いだした。このメソポーラスカーボンは、高温処理によって炭素網面の積層組織を発達させることができ、その結果としてアルカリ金属イオンやアニオンの挿入が可能なハイブリッドキャパシタ用電極として利用できることを示した。このようなMgO鋳型メソポーラスカーボンの組 織制御と電極特性の関連についての基礎的解明は、鋳型法によるメソ孔性カーボン材料の初めての工業化につながる知見となっている。
 以上のように、曽根田靖氏はナノカーボン材料の組織制御の観点から蓄電用電極材料の開発において独創的な発想で研究を進め、大きな成果を上げており、同氏の業績は炭素材料学会学術賞に値するものと判断できる。

研究奨励賞

「カーボンナノチューブを鋳型とした一次元カルコゲン伝導体の創製」
藤森 利彦氏 信州大学環境・エネルギー材料科学研究所 准教授

 藤森利彦氏は、カーボンナノチューブに硫黄やセレンを内包させるとナノチューブの一次元ナノ空間の示す特異な閉じ込め効果により非金属 – 金属転移を起こすことを実験的・理論的に実証し、世界的に注目を集めている。
 カーボンナノチューブ内のナノ空間は分子やイオンに対して強い相互作用ポテンシャルを持つため異常な高圧圧縮効果や不安定物質の安定化などが起こると考えられる。しかし、この分野の研究はまだ十分に進んでおらず、応用につながる実験的・理論的研究が期待されている。同氏は、ナノチューブの内部空間を鋳型として硫黄を内包することで、硫黄原子が直鎖状に連結して一次元硫黄結晶となることを明らかにした。硫黄単体は常圧で絶縁体であるが、単層ナノチューブ内の一次元硫黄結晶は金属的性質を示すことを実験的・理論的に突き止めた。この研究は硫黄の導電性ナノ材料としての応用展開の道を開く可能性を含んでいる。
 また同氏は、硫黄と同じくカルコゲン元素であるセレン(常圧で半導体)を二層カーボンナノチューブに内包させると、セレン原子は新たな結晶相と考えられる超周期の二重らせん構造を形成することを明らかにした。さらに、理論計算により二重らせん構造のセレンは価電子帯と伝導帯のバンドギャップが大幅に狭まり半 金属的になることを示した。
 これらの研究については独創性・新規性が高く、カーボンナノチューブ・カルコゲン伝導体が新たな機能性材料として発展する要素を含んでいる。また、世界的に見ても重要な先駆的研究であると評価できる。
 以上のように、藤森氏はカーボンナノチューブを鋳型としたカルコゲン伝導体の創製において重要な成果を上げており、同氏の業績は炭素材料学会研究奨励賞に値するものと判断できる。

炭素材料学会論文賞

真家卓也、坪井沙樹、尾崎純一
群馬大学大学院理工学府
「固体高分子形燃料電池カソード用カーボンアロイ触媒の酸素還元反応活性に及ぼす酸化黒鉛の添加効果」
(265 号、pp. 159-164 に掲載)

 本論文は、固体高分子形燃料電池カソードに利用できる酸素還元活性を持つカーボンアロイ触媒の調製段階において、原料に酸化黒鉛を添加する効果を詳細に調べたものである。著者らは独自に開発したカーボンアロイ触媒である「ナノシェル含有カーボン」の酸素還元活性に関する研究に長年にわたり取り組んでおり、様々な原料を用いた材料合成および炭素構造と触媒活性との関係に関し、系統的な検討を行ってきた。本研究では、新しい試みとしてナノシェル含有カーボンの原料に添加物(酸化黒鉛)を加えることによる炭素化過程の制御に挑戦している。著者らは本論文の中で、酸化黒鉛の添加により従来のナノシェル含有カーボンの原料の炭素化過程が明らかに変化すること、ナノシェル含有量が最大となる酸化黒鉛添加量が40%であること、さらに得られたナノシェル含有カーボン中の窒素量、特にピリジン型、ピロール・ピリドン型の量が酸化黒鉛添加により増加し、それに伴い酸素還元活性が向上することを明らかにしている。本論文は高活性なナノシェル含有炭素を調製するための新たな手法を提案しており、学術的貢献度および波及効果の点で高く評価された。以上の理由により、本論文は論文賞にふさわしいものと判断される。

炭素材料学会年会ポスター賞

 炭素材料学会では、2004年(第31回)年会より年会ポスター賞を設けています。2015年(第42回)年会では学生諸君が発表したポスターを対象として、独創性・新規性、学術・技術的貢献度、発表者の理解度、ポスターとしての完成度(論理展開の妥当性・読みやすさ・表現の工夫度)などの項目について評価し、10 件選考しました。ここに会員の皆様にお知らせいたします。

池田 基
九州大学大学院総合理工学府量子プロセス理工学専攻 尹・宮脇研究室
「金属酸化物内包カーボンナノファイバーを用いた空気二次電池用負極におけるデンドライト形成の検証」

小田和誠
愛知工業大学大学院工学研究科材料化学専攻 エネルギー材料化学研究室
「化学蒸着法を用いたリチウムイオン電池用シリコン系負極の作製と評価」

木村達人
東北大学大学院環境科学研究科先進社会環境学専攻 佐藤義倫研究室
「多層カーボンナノチューブの引張強度における表面担持物の影響」

田口海志
東北大学大学院工学研究科応用化学専攻 京谷研究室
「炭素材料の電気化学的特性とエッジサイトの関係」

橋口克樹
兵庫県立大学工学研究科応用化学専攻 応用物理化学研究グループ(松尾研究室)
「超音波照射した黒鉛から得たグラフェンライクグラファイトの負極特性」

藤本彩花
千葉大学大学院工学研究科共生応用化学専攻 資源反応工学研究室
「含ホウ素グラフェンの構造制御」

松浦健太
東北大学大学院工学研究科応用化学専攻 京谷研究室
「ポルフィリン類の炭素化による新規カーボンアロイの調製」

松川嘉也
東北大学大学院工学研究科化学工学専攻 青木研究室
「CH3、 C2H2およびフェニルラジカルの付加がPAHsの成長に及ぼす影響」

森島千菜美
九州大学大学院総合理工学府量子プロセス理工学専攻 尹・宮脇研究室
「電気二重層キャパシタの高電圧作動時における活性炭の細孔径と静電容量の相関性検討」

横山幸司
東北大学大学院環境科学研究科先進社会環境学専攻 佐藤義倫研究室
「脱フッ素化による窒素ドープ単層カーボンナノチューブの合成」