2013年度学会賞

 2013年度学会賞は、選考委員会の厳正な審査を経て会長に答申がなされ、第40回通常総会の席上で賞の授与がなされました。ここに会員皆様にお知らせするとともに、受賞者と業績等をご紹介申し上げます。

学術賞

「酸化黒鉛をホストとする新規層間化合物の合成と応用」
松尾吉晃 氏(兵庫県立大学大学院工学研究科 准教授)

 松尾吉晃氏は、酸化黒鉛の構造的特徴に着目して無機・有機配位子を挿入した新規層間化合物の合成に成功し、この層間化合物を熱処理することによって得られる多孔質層間化合物がガスセンサーや水素吸蔵剤として応用できることを明らかにして注目されている。
 同氏は酸化黒鉛の層面に多数存在するヒドロキシ基のアルキルトリクロロシランによるシリル化に初めて成功し、さらに二または三官能性のシランカップリング剤を用いることによって生成するシラノール基を利用することでさらに高次の修飾が可能となることを見いだし、アミノ基を含む化合物や色素など様々な化学種を酸化黒鉛層間へ導入した新しい層間化合物を合成した。このような方法で得られたシリコン含有量の大きな材料を熱処理することにより、炭素層間が細長いシルセスキオキサン類で接続された細孔を有する多孔質層間化合物の合成にも成功し、酸化黒鉛をホストとする新しい層間化合物の応用に道を開いた。すなわちピラー間の隙間が0.4 nmよりも小さいため、これより小さい分子のみがインターカレーションでき、異分子の挿入によって層間距離が大きく変化するという極めて珍しい多孔質層間化合物であることを示したうえで、この多孔質層間化合物が水素吸蔵能を有すること、および導電性を示すという特性を利用して選択的ガスセンサーとして利用できることを明らかにした。このような酸化黒鉛の構造的特徴を利用した新しい層間化合物の合成とその応用に関する研究は他に類を見ないものであり、その独創性は高く評価することができる。
 以上のように、松尾吉晃氏は酸化黒鉛の化学修飾による新規層間化合物の合成と応用に関する研究において注目すべき業績をあげており、同氏の業績は炭素材料学会学術賞に値するものと判断できる。

研究奨励賞

「固体核磁気共鳴法を駆使した炭素表面および内部の状態分析」
後藤和馬 氏(岡山大学大学院自然科学研究科 助教)

 後藤和馬氏は、炭素材料の表面や内部の構造の探求、および内部に吸蔵されたイオンや分子のおかれた環境の解明をテーマとして、固体核磁気共鳴(NMR)法を駆使した研究を進めてきた。
 同氏は、リチウムイオン電池の炭素負極に吸蔵されたリチウムや、近年急速に開発が進んでいるナトリウムイオン電池の負極炭素内に取り込まれたナトリウムについて、それぞれ固体Li NMR法や固体Na NMR法により観測し、電池の充放電に伴うリチウムおよびナトリウムの吸蔵状態の推移や拡散挙動を明らかにした。特に負極炭素中のナトリウムのNMRによる解析結果は、国際的にも高く評価されている。また非晶質炭素の内部構造について、キセノンガスを用いたXe NMRポロシメトリー法が、窒素ガスなどの吸着等温線測定では検出困難な内部潜在孔の解析に非常に有効であることを見いだした。このように後藤氏は次世代向け蓄電デバイス用の炭素材料の開発に大きく貢献してきたといえる。
 さらに同氏は黒鉛層間に導入されたアルカリ金属イオン、有機分子、フッ素含有分子などについて、H、 Li、 F核のNMR解析によってその動的挙動を明らかにしたほか、黒鉛層に直接結合したフッ素原子の特定に成功するなど、インターカレーションケミストリーの基礎研究についても実績がある。固体NMR法による分析研究だけでなく、金属担持炭素薄膜の新規作製法の提案やその電気化学的応用、有機触媒反応への適用など、新規炭素材料の開拓についても貢献が認められる。
 これらの研究成果は、炭素材料学会年会などの国内外の学会で発表されており、また炭素誌やCarbon誌をはじめとした国内外の学術誌にも多数公表されている。また今後の研究の発展も期待できるため、同氏の業績は炭素材料学会研究奨励賞に値する。

研究奨励賞

「表面修飾炭素材料の作製と燃料電池用電極への適用に関する研究」
衣本太郎 氏(大分大学工学部 助教)

 衣本太郎氏は、家庭用・自動車用電源としての本格的実用化に向け研究開発が進められている固体高分子形燃料電池(PEFC)の飛躍的な高耐久性化を目指して、電極触媒担体である炭素材料の酸化劣化を抑制する新規炭素材料の合成とその構造解析や評価に取り組み、脆弱部位の特定、金属酸化物による脆弱部位の保護、炭素材料への表面官能基導入による安定化など、多くの注目すべき成果をあげている。
 同氏は、PEFCの飛躍的な高耐久性化には、セル寿命を決定する重要な因子の一つである電極触媒担体炭素材料の酸化劣化の抑制が重要であると考え、炭素材料表面に存在する酸化に対して脆弱な部位を特定するとともに、その部位を酸化スズ粒子などの安定な金属酸化物で修飾した炭素材料を開発した。さらに化学的修飾によって炭素材料表面を不活性化するという新しい観点から、酸化の起点となる表面官能基をアミド化あるいはメチル化した電極触媒担体炭素材料を作製し、それを用いたPEFCカソードの酸素還元反応活性と耐久性を明らかにした。これらの表面修飾炭素材料はPEFCの高耐久性化において特筆すべき成果が得られている。また最近では、炭素化した竹材を燃料電池用の電極として利用する検討を始めるなど、今後のさらなる展開が期待されている。
 なおこれらの研究成果は炭素誌をはじめとする国内外の学術誌で多数発表されており、また招待講演などを含めた学会発表件数も多い。以上により、同氏の業績は炭素材料学会研究奨励賞に値する。

研究奨励賞

「低次元カーボンナノ空間中の分子挙動の解明」
大場友則 氏(千葉大学大学院理学研究科 助教)

 大場友則氏は、カーボン表面化学およびカーボンナノ空間科学を学術基盤とし、カーボンナノ空間中での分子挙動・構造の解明や細孔性炭素材料の構造・物性評価の研究を精力的に展開している。
 同氏は、カーボンナノチューブ内のナノ空間において、水分子や電解質水溶液がどのような構造や挙動をとるかを、吸脱着実験やシンクロトロンX線回折測定を実施するとともに計算機シミュレーション結果を考え併せることによって解明した。単層カーボンナノチューブ内に存在する水の構造や挙動はバルク状態とは異なっていることが知られているが、大場氏の一連の研究では特に、水分子間の水素結合が弱いためにナノチューブの内径が細いほど水分子の易動度が高いことを明らかにした。また水分子の易動メカニズムがナノチューブ内への充填時と放出時で異なること、電解質共存時には水和構造がバルク状態の場合よりも発達していることなど、新しく興味深い知見が得られていることは高く評価できる。さらに同様の手法を用いることによる、カーボンナノチューブ内の水構造の温度依存性の詳細な解析や、窒素分子吸着特性の解析によるグラフェン材料の積層数決定技術の確立など、その応用領域も広範にわたっている。
 これら大場友則氏の研究成果は、炭素誌やCarbon誌をはじめとする国内外の学術誌で多数発表されている。また国内外での学会発表件数も多く、その中には招待講演なども含んでいることから本研究の評価が高いことがわかり、今後の発展が期待できる。以上により、同氏の業績は炭素材料学会研究奨励賞に値する。

「炭素」論文賞

 今回が第9回目で、炭素誌No.255号(2012年11月発刊)からNo.259号(2013年9月発刊)までの期間に掲載された論文・速報・ノート・総合論文・技術報告を対象として、独創性・新規性、学術・技術的貢献、波及効果(社会的・産業界へのインパクトも含める)、論文としての完成度(論理展開の妥当性・読みやすさ・表現の工夫度)などの項目について編集委員会内に設置した選考委員会にて選考し、評議員会で決定いたしました。ここに会員の皆様にお知らせいたします。
 なお、2014年度はNo.260号(2013年11月発刊)からNo.264号(2014年9月発刊予定)までを対象として選考いたします。
 炭素誌へ奮ってご投稿くださいますようお願い申し上げます。

炭素材料学会論文賞

東城友都a)、徳武輝征b)、小宮山啓太b)、金 隆岩c)、林 卓哉c)
a) 信州大学大学院総合工学系研究科システム開発工学専攻
b) 信州大学大学院工学系研究科電気電子工学専攻
c) 信州大学工学部電気電子工学科
温熱処理によるCarbon Nanoscrollsの不純物量変化と構造変化
(掲載号:No.255号、pp.231-236)

推薦理由
 本論文はK-GICを出発物質として作製したカーボンナノスクロールについて、高温熱処理により金属化合物や酸素官能基などの付着物・不純物の除去を試みて、TEM、 SEM、 XPS、 Raman分光、XRDおよび分子動力学計算により、除去の進行や構造変化を評価した論文である。1500 °C以上の熱処理により酸素含有官能基は大幅に低減し、KClやMnOxなどの金属化合物については完全に除去することに成功した。一方、2000 °C以上では巻物状構造から円筒状構造に変化することが示されたため、1500~1800 °Cでの熱処理により、不純物のほとんど存在しないカーボンナノスクロールが得られることを明らかにした。カーボンナノスクロールは巻物状(=らせん状)構造を持つことや層間距離の可変性から、既存のカーボンナノチューブやナノグラフェンリボンとは異なる光学的性質やゲスト物質の挿入・放出特性が期待される新しい物質であり、いまだ未知であった不純物除去や構造についての知見を明らかにした結果は学術的に価値があるものと考えられる。以上により、本論文は論文賞にふさわしいと判断される。

炭素材料学会年会ポスター賞

 炭素材料学会では、2004年(第31回)年会より年会ポスター賞を設けています。2013年(第40回)年会では学生諸君が発表したポスターを対象として、独創性・新規性、学術・技術的貢献度、発表者の理解度、ポスターとしての完成度(論理展開の妥当性・読みやすさ・表現の工夫度)などの項目について評価し、3件選考しました。ここに会員の皆様にお知らせいたします。

Jungpil Kim
千葉大学大学院 工学研究科 共生応用化学専攻 資源反応工学研究室 炭素材料グループ
「5員環および7員環を含むグラフェンのX線光電子分光分析(XPS)による解析」

松原康城
豊橋技術科学大学大学院 工学研究科 電気・電子情報工学専攻 プロセス評価解析研究室
「CNTナノチャンネルを有する透明導電性複合材料の作製」

太田 拓
東洋大学大学院 工学研究科 バイオ・応用化学専攻 ダイヤモンド研究室
「酸化ダイヤモンド担持Ni-Cu二元系触媒を用いたメタンの接触反応に よるマリモカーボンの合成」